仕事の効率を上げる vs 仕事に熱中する

ライフハックって最近よく聞くよね?」と私も周りでも時々この言葉が聞かれるようになった。私自身は時間の使い方などまだまだなところが多いので、「ライフハッカー」を名乗るのもおこがましいが、いちおうGTD的な生活というか自己管理方法を始めて約2年。lifehack的小ネタも大好きである。
で、今日ある記事を見て、久々にブログエントリしようと思ったわけだが、そこではたと気がついた。
”オレ、いままでGTDlifehackに関するエントリは一度も書いてない。。。”(書評除く)


これはいけない、ということで早速カテゴリ[lifehack]を追加してみた。カテゴリもタグと考えればたくさんの種類があってもいいのだが、整理整頓の観点では少なくまとめたほうがよい気もする。ま、そのあたりはまた別のエントリに譲ることとしよう。(ここまで前書きw)


さて、そんなlifehackerの私、最近は、ITアウトソーシングのデリバリを如何に効率化するか、ということを命題に日々のお仕事に従事しているわけですが、そんななかでハっとする記事にぶち当たりました。

「モモ」のなかで、悪者は時間貯蓄銀行の社員として登場します。時間を節約すればするほどすばらしい人生が約束される、と言葉巧みに勧誘し、人々に時間の貯蓄を勧める。しかし、時間の節約は人々の生活を余計にあわただしくし、仕事そのものにあったはずの楽しさや充実感を奪っていく。散髪屋は、1時間半かかっていた散髪を30分で終わらせるようになり、それまでの丁寧で暖かみのあった仕事のやり方を忘れていきます。「1時間半の仕事を30分で終わらせれば1時間の貯金ができるのです」と時間貯蓄銀行の社員はささやくのですが、しかし肝心の貯蓄した時間は、ついに人々のところへ戻ることなく氷漬けされてしまう。主人公モモは、その盗まれた時間を取り返そうとする、という物語です。 ライフハックを勧める人たちというのは、一歩間違えるとこの時間貯蓄銀行の手先となってしまうことになります。時間を節約しようとすることで、仕事そのものの楽しさが半減し、しかも効率的に働けば働くほど利益があがってうれしいのは、実は会社だけなのかもしれないのです。

最近、プロジェクトが非常に難儀していることもあり、効率を上げることのみ意識しすぎて、仕事を熱中して取組めるようなものにする、という観点が欠けていたのもまた事実で。

会社の活動であるサービスデリバリーを如何に効率化するか、を突き詰めるとそこには会社にとっての利益が産まれます。ただ、その利益の金銭的な面ばかりを追求してしまうと、引用元で言うところの「時間貯蓄銀行の手先」になってしまうのでは無いだろうか? 果たして自分はそこで作業に従事しているヒトが「楽しく」「熱中して」作業できるような環境作りにも力を入れられているだろうか? と自問したわけです。

ライフハックというのは、だから、仕事に失われた美意識を取り戻す運動という風に考えたい。その美意識に基づいて無駄を省いたり、シンプルに仕事をこなしたりするかもしれないけれど、それはスピードを求めたり、効率を求めたりするためではなく、仕事そのものに熱中し、仕事をより洗練したものにしていくための、絶え間ない改善の意識なのです。

『絶え間ない改善の意識』まさにカイゼン活動ですね。海の向こうでは”CI=Continuous Improvement”なんて言い方をするそうですが、”Kaizen”でも充分通じるんだとか。おそるベしトヨタカイゼン活動。。。

元記事は ”充実した仕事をしようと思うのなら、効率よく仕事している場合ではない。” と纏められていますが、コレはちと微妙です。芸術家はさておき、一般的なサラリーマンであればどんな世界でも大なり小なりルーチンワークは存在するわけで、その部分は効率化し、「熱中できる仕事」に割当てられる時間をよりストレッチすることで、個々人の仕事に対する充実度を高めていく、そんな意識改革が必要なのかなーと考えてみました。

ともかくコレは難しいテーマです。はい。